COVID−19

【COVID−19】挿管するまでのストーリー

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みなさんこんにちは!

いやーなかなか

たいへんになってきましたね。

今日は

わたしがこの第5波で

挿管するに至った流れを

わたしのリアルな心境とともに

書いていきたいと思います。

肺炎が進行し

もうあとがなくなった状態で

人工呼吸器につながれる状況を

みなさんがすこしでも

イメージできればと思います。

ではいきましょう。

(以後、Dr:わたし Pt:患者とします。)

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入院経過

入院してきたのは

40代前半の男性。

かなり大柄な体格であったが

特に持病はなく健康であった。

奥さんと

幼稚園に通う小さな子どもがいた。

感染経路は職場。

会社の同僚が

コロナ陽性であったとのこと。

入院してきたのは

症状がでてから

11日目のこと。

自宅のパルスオキシメーターで

SpO2:86%であったため

救急要請となった。

救急要請してから

わたしの病院に到着するまでに

約8時間も時間を要した。

何時間も病院が見つからず、

やっと見つかったのも

1時間以上もかかる

わたしの病院であった。

病院に到着し

すぐに各種検査を施行。

CT検査ではすでに

重度な肺炎があり

酸素必要量は

ネーザルハイフローにて

FiO2:65%が必要であった。

(※大気中のFiO2:21%)

すぐにステロイドや

各種治療を開始。

Dr「検査では重度の肺炎がありました。すぐに治療は開始します。」

Pt「よろしくお願いします。先生、わたしは助かりますか?」

Dr「確実なことはいえません。ただ、今の状態が悪いことは確かです。」

Pt「わたしには嫁と小さな子どもがいて、まだ死ぬわけにはいかないんです。」

Dr「Ptさんはまだお若いです。これ以上、悪くなった場合はECMOの適応になります。
  当院ではECMOができないので、もし必要になったら他院に打診しますが、
  現状どこもフル稼働ですぐにできない可能性が高いです。」

そう、東京都内は

入院すらすぐにできない緊急事態。

ECMOなんてもってのほか。

満員の駐車場で

何周も回りながら

空きを探しているような状態。

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投与できる酸素濃度が限界に

入院後、

解熱は得られたものの

徐々に酸素化は悪化。

本人は

まったく呼吸苦もなく

LINEで家族とやり取りをしている。

送られてくる

子供の写真や動画が

楽しみで元気になると教えてくれた。

入院してから5日目。

ついに

迎えたくない日がやってきた。

ネーザルハイフローから

投与できる酸素が限界。

それでいて

SpO2=85%までしか上がらない。

本人の呼吸苦も

かなり強くなってきた。

Pt「先生、やっぱぼく死ぬんですかね、、、。」

Dr「死なせるわけにはいかない。大事なかたが待っている」


わたしも小さな子どもがいる。

だからこそ

同じパパとしてこの方を

ここで終わらせては

絶対にいけないと思った。

次に残された手はECMO。

ECMOでrest lung状態にするしかない。

ECMOとは人工心肺であり、

肺の代わりをする機械。

決して治療ではない。

ただの時間稼ぎである。

実は酸素マスクなどから

気道を通して肺へ

高濃度の酸素を

投与することは

肺の障害を引き起こしてしまう。

ECMOを使用すると

ECMOで血中酸素濃度を

保つことができるので

気道から酸素を

投与する必要はなくなる。

そのため、

酸素による肺障害を

抑えることができる。

この方は若くて健康な方。

肺を休ませれば

ここから

回復する可能性は十分ある。

あとは、ECMOが

すぐにできるかどうか。

ぼくはすぐに電話で打診をした。

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ついに挿管

幸いなことに

ECMOができる病院が

すぐに見つかった。

そのことを

本人に伝えに行くと

予想以上につらそうで、

全身を使って呼吸をしていた。

たった数時間で

こんなにも悪化するのか。

コロナの恐ろしさを

改めて実感した。

本人にECMOの件を伝え、

今から挿管して

人工呼吸器につなぐことを説明した。


Pt「ECMOができるんですね・・・」

Dr「すぐに見つかるのは奇跡に近いです。
  ECMOをするためにこれから人工呼吸器につないで、違う病院に転院します。
  奥さんにも先程お伝えしました。」

Pt「嫁はなんかいってましたか・・・?」

Dr「とにかく助けてください、と」

 「人工呼吸器につないでいる間は薬でずっと眠っています。
  厳しい話をすると、、、
  次、起きたときは元気になっているか、天国のいずれかです。」

Pt「そうですか、、、わかりました、、、」

紫色になった手で

LINEでなにやら連絡をしていた。

そして、挿管の準備が整った。

挿管するときは

患者の頭側に立って行う。

わたしは患者の頭側にたって

ビデオ喉頭鏡を手に持ちながらいった。

Dr「わたしもPtさんと同じように小さい子供がいる。
  こんなとこで死んではいけない。最後の最後まで頑張りましょう。」

この後少し間があった。。。


Pt「ごめんね、パパ頑張るけど頑張れなかったらごめんね、ママに優しくするんだよ。」
 「妻と子に伝えてください、、、」

わたしはアイガードをつけながら

涙があふれてきた。

鎮静薬を使用し

眠ったことを確認し、

涙で歪んだ視界の中、

挿管を行った。

その後、

決死の思いで救急車にのって

ECMOができる病院へ転院搬送した。

なんとか命のバトンはつないだ。

しかし、

ぼくにとっては

一生忘れられない瞬間になった。

どうか、

無事に元気に

退院できることを祈っています。

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まとめ

これはあくまでも

わたしの病院でのはなし。

東京では

同じようなことが

いくつもの病院でおきている。

第5波の重症患者の中心は

40ー50代。

パパママ世代。

経済の中心的存在。

絶対に日本が一番

失ってはいけない世代。

この世代が

いま窮地に立たされています。

他人事ではなく

自分のこととして

少しでも真剣に

捉えていただければと思います。

出口の見えないトンネルなんてない。

とにかく

今は走り抜けるしかない。

わたしからみなさんに

お願いすることはただひとつ。

いまは感染しないように

ステイホームすること。

自分と大切な人の命のために。

お願いします。

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